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詳細記載 (16): 2号機に関する定説を否定する

第一原発から北西方向に伸びる地帯など広範囲におよぶ汚染地域を形成した3月15日の大放出は、2号機から出たというのが定説化している。また、1号機の爆発の影響で2号機のブローアウト・パネルが脱落したため、2号機ではその後、建屋内に水素が充満することがなく、建屋爆発が回避された、というのも定説となっているようである。
今回は、これら2号機にまつわる定説が正しくないことを論考する。

(2号機オペフロは1号機と同時に爆発した)
詳細記載(9)の後段に次のような文章を掲載した。

『(1号機リークの変遷、フェーズ3)
12日14:00ごろにベント操作が実施され、大量の放射能が排出された。14:53に消防車による淡水注入が停止すると炉内の状況がさらに悪化して、放出される粒子状放射能が増加し、「白い綿」となって双葉町中心部に降りかかった。
排気筒から放出される経路とは別に、非常用ガス処理系(SGTS)から換気系ダクトを逆流して原子炉建屋内に流入する経路と、2号機側のSGTSから2号機原子炉建屋に流れる2つの経路がある。
ベント排気には水素が含まれており、この経路で建屋内に流入し、軽い水素は建屋最上部に集まった。電源車から1・2号機の両建屋に通電された瞬間に爆発した。規模は小さいと思われるが、2号機最上階でも同時に爆発し、ブローアウト・パネルが外れて落ちた。
2号機の最上階(オペフロ)では、天井クレーンガーダのライトが無くなって穴が開いていたり、塗装が酷く剥げ落ちたりしており、爆発によると思われる破片が床に散乱している。また、原子炉の真上のシールド・プラグ中央で線量が高いが、その周囲にダクトが設けられており、通気系を逆流した1号機由来の放射能によって汚染された結果であると思われる。
2号機オペフロについては、別に特集する予定である。』

ということで、今回はまず2号機オペフロの画像を検討する。
1601_111021_1.jpg
これは2011年10月に東電が公表した画像(部分)で、2号機のブローアウト・パネル開口部からオペレーティング・フロアー(オペフロ)を撮影したものである。天井クレーンガーダの塗装が剥げており、丸を付けた部分は穴が開いている。これはライトが取り付けられていた部分だと思われる。
1602_130925_10.jpg
比較のために4号機(改装後)の画像を示す。
2号機では通電と同時にライトの部分で火花がとんで、爆発を引き起こした可能性がある。
1603_20120614_01_u2-rb-5F.jpg
この画像(部分)はロボットが撮影したもので、2012年6月に東電が公表した。見えているのはオペフロの原子炉直上部の床である。シートが敷いてあるのは工事のための養生である。稼動中の原子炉建屋のオペフロで工事を行なうというのは、普通のことなのだろうか。意外であった。床には破片が散乱している。ライトのカバーなどの破片だと思われる。
1604_20110313_1F_0952am.jpg
これは3月13日の衛星画像である(DigitalGlobe)。ブローアウト・パネルが外れて壁に穴があいているのが分かる。12日の1号機爆発直後の映像は無く、これがパネルが開いていたことが分かる最も早いものである。
この画像でははっきりしないが、後に撮影された航空写真を見ると、パネルは下まで落ちている。パネルにはワイヤーのようなものが付いていて、開いても下まで落ちないような仕様になっていると思われるが、落ちているということは、かなりの勢いで外れたということになる。
これらのことから、2号機のブローアウト・パネルが脱落したのは、1号機の爆発による振動ではなく、2号機オペフロそのものが爆発したとからだと考えられる。詳細記載(6)などで考察したように、1号機のベント排気(水素を含む)の一部は2号機側に逆流し、ダクトを通ってオペフロに達した。
電源車から2号機の電源盤までケーブルを敷設し、そこから1号機の電源盤までケーブルを繋いで同時に通電したということである。通電時には、ライトだけでなく、配電盤や色々な箇所で小さな火花が跳んだ可能性がある。電源車から1・2号機の両建屋に通電した瞬間に爆発した。1号機の爆発に気をとられ、2号機の方は全く注目されることがなかった。
1号機の爆発に比べると2号機は軽微に見えるが、それは建屋の壁の違いも関係すると思われる。1号機オペフロの壁はメタルサイディングで、2号機は鉄筋コンクリートである。もし、2号機でも1号機と同じメタルサイディングだったら、壁が吹き飛んでいた可能性もある。

(2号機オペフロの高線量は1号機由来)
2号機から外気への大量放出があったことの根拠の一つとして、オペフロの原子炉真上に位置するシールド・プラグ中央部で線量が高いことが上げられている。
1605_20120613_120614-p1_opfl.jpg
この図はロボットによる測定を示したもので、シールド・プラグ中央部で最も高い線量率880mSv/hが測定されている。これだけ見ると真下の原子炉から放射能が漏れたように思うかもしれないが、表面が汚染されているだけである。
1606_duct_F5.jpg
これは4号機のオペフロの図である。太い破線がダクトで、2号機でも同じようになっているはずである。
1607_20111108_111110_04_u4-5F.jpg
これは4号機オペフロの原子炉直上部の円弧状のダクトである。
空調のダクトは、普通、四角い筒状で、天井に近いところに吊られている。原発建屋の他の階ではそのようになっているが、オペフロだけはシールド・プラグの周囲や使用済燃料プールの周りの低い位置に設置されている。
なお、4号機では定期点検中だったため、シールト・プラグは取り外されて、中は水を張った状態となっている。
1608_u2-sgts-filter-A.jpg
これは2号機のフィルター・トレイン(A系)の汚染状況を示した図である。1号機ベントの際に、排気の一部が2号機側に逆流した結果、フィルター・トレインが高線量に汚染された。ここで、注意したいのは、フィルターで全部の放射能が止められたわけではなく、入口部(①-A;逆流の出口側)でもある程度の線量が測定されていることである。表面から20cmの所で測定されており、多少は横の高線量部分の影響もあると思われるが、フィルターを通過した放射能が存在すると考えられる。
フィルター部分を通過した1号機ベント排気は、温度が高いので最上階に集まったと考えられる。換気系ダクトを逆流して、先ほどのシールド・プラグ周辺などの排気口からオペフロに流入したと思われる。水素は元より軽いので当然最上階上部に滞留した。
シールド・プラグ周囲の排気口は内向きになっているから、ちょうど中心部に集中して汚染度が高くなったと思われる。なお、この部分の試料を採取し、精密にセシウム134と137を測定すれば、Cs134/Cs137比は1号機に特徴的な低い値(約0.90;3・11換算)になっているはずであるが、いまのところそのような測定は行なわれていないようである。

(3月15日の朝)
3月15日6:02に2号機圧力抑制室の圧力がスケールダウンした。何度もベントを試みるも不成功に終わった末のスケールダウンであり、怖れていた格納容器の破壊・放射能の大放出が起こった、と直感したとしても不思議ではない。この直感が基となり、15日の大放出は2号機起源であるという考えが定説化していったと思われる。
1609_201103150858_03_002a.jpg
これは15日8:58に2号機と3号機の間の道から撮影された。ブローアウト・パネル開口部から蒸気(湯気)が噴出している様子が捉えられている。回りも含めた広角の映像が無いので、断定はできないものの、湯気は建屋を離れると急速に消えてゆくように見える。
おそらく、この時期には地階で汚染水が漏れ始めており、その湯気がダクトや階段などを通って開口部から外に出ているものと思われる。
ブローアウト・パネルの大きさは4m×6mである。この小さな開口部を通って大量の放射能が放出されたのであれば、周囲の壁にも大量の放射能が付着して、恐ろしく高線量になっているはずなのに、それほどではないようである。
1610_201103150731_02_004.jpg
一方、これは7:31に撮影された3号機である。
1611_20110315_01_001.jpg
この3号機の画像は撮影時刻が不明であるが、おそらく7時ごろのものと思われる。2号機に比べると3号機の方が蒸気噴出の勢いが勝っている。

(ダウンスケールと線量上昇のタイミング)
次に、周辺の線量上昇とダウンスケールのタイミングについて検討する。
モニタリング・ポストのデータから、線量が上昇を開始する時刻は、夜の森(第一原発の南南西7.3km)で6:00、松館(南南西13.2km)で6:10である。この時間は緩く風が吹いており、6:00の正門付近は北の風0.8m/sであった。従って夜の森や松館に到達した放射能は、6:00よりかなり前に第一原発から放出されたものであり、ダウンスケールとのタイミングの整合性は認められない。

(ライブカメラ)
次にライブカメラの画像を検証する。
まず、ライブカメラは4号機の南約800mの小山(原発建設の残土を積み上げたものと思われる)に設置されており、間にある林のためオペフロの上半分の部分しか見えていない。画像の解像度は悪い。1~4号機が重なっている。1時間に1回だけしか画像が記録されない。
文句を言いたいことは沢山あるのだが、愚痴を言っても始まらない。継続的に記録された画像はこれしかないので、できるだけ画像を読み取るように努めた。
1612_20110320_u4.jpg
この画像は3月20日に無人機が撮影したもので、爆発後の4号機の南面を捉えている。注目されるのは最上部の左(西)端の壁だけが残っていることである。これがライブカメラの画像を分析する上での一つのキーとなる。
1613_20110315100000a.jpg
これは15日10:00のライブカメラ画像である。オリジナルをトリミングして拡大してある。矢印の右側が上記の4号機に残存する壁である。左側へ流れる白い煙は2号機から放出された、というのが定説である。この煙は原子炉建屋の屋上より低い位置から見えはじめている。
1614_20110316150100a.jpg
これは16日15時のライブカメラ画像。手前の4号機は雲の陰に入っていて明るくないが、2号機は日光にあたり明るく見える。爆発により4号機の屋上が少し低くなったため、2号機の屋上直下の部分が見えている。2号機南面の左端が少し見えているのは、手前にあった3号機が爆発で低くなったからである。
この画像とその前の画像をダウンロードして、交互に見ていただくと、白い煙の位置関係がよく分かると思う。3号機からの煙だと考えるのが自然である。
1615_20081003_pict55a.jpg
この煙の温度はかなり高く、無風の場合には勢いよく上昇するはず、というのが前提にある。もし、2号機のブローアウト・パネルから噴出した煙だとすると、上の図のように、東面と南面に沿って、ほぼ水平にぐるっと移動してから、上昇しつつ西方向に流れることになるが、そのようなことは無理だと思われる。かなり強い東やや北寄りの風が、風の息というか、強弱を付けて吹いた場合、瞬間的には可能かもしれないが、まず、ありえない。

(15日~16日の放出は一連のものである)
1616_02_1F_senryou.jpg
これは第一原発構内の線量率変化グラフである。問題の時間帯には、ほぼ正門での測定だけになっている。15日の朝から16日にかけて3つのピークがある。線量率が急上昇した後、残留放射能(主にヨウ素132)による減衰パターンとなっている。北東の風が吹いて正門が風下になった時に線量が上昇し、風が逸れると残留パターンとなる。
3つのピークはどれも同じようなパターンであり、同一の発生源からのものと思われる。16日の放出は次の画像でも明らかなように3号機からのものなので、全て3号機と推定するのが妥当である。
1617_20110316.jpg

(ストロンチウム89/90比)
ストロンチウム89の半減期は50.52日、ストロンチウム90の半減期は28.9年。半減期の短いSr-89は、炉の中で比較的短期間に、生成する量と壊変する量が釣り合った平衡状態になる。一方、Sr-90の半減期は長いため、壊変するスピードが遅く、時間とともに蓄積される。そのため、Sr89/Sr90比は、燃料が新しいほど大きく、古いほど小さくなる。
原子炉停止時の各核種の総量はJAEA-Data-Code-2012-018により推計されている。それに基づく1、2、3号機のSr89/Sr90比(放射能比)は次の通りである。
1号機 9.07
2号機 11.57
3号機 12.98
このように、かなりの違いがあるので、飛来した放射能がどの原子炉から放出されたものかが識別できると思われる。ただし、原子炉に装荷されている燃料棒は新しいものから古いものまで色々あるので、部分的な燃料棒損傷の場合、上記の数字とは異なるものになる。セシウム134/137比を検討するとほぼ一定であり、部分的ではなく全面的な燃料損傷と考えられるので、ストロンチウムについても総量の放射能比による評価が有効であると思われる。。
ちなみに、セシウムの放射能比では、1号機は低い値なので識別できるが、2号機と3号機の区別は困難である。
ストロンチウム89と90はガンマ線を出さず、ベータ線を測定する必要があり、他の核種に比べると分析が難しく時間もかかる。このため、ストロンチウムの分析数はセシウムなどに比べると非常に少ない。
ストロンチウム比を使って「2号機か3号機か問題」を検証するのに最も適したデータは、第一原発敷地内で実施された土壌調査である。
1618_soil_123.jpg
第一原発の敷地は、3月15日の大放出の時に汚染された。1号機のベント排気は頭の上を通っていったので敷地に残留することはなかった。16日以降に放出された放射能の影響もあるが、おそらく15日の影響が最も大きいと思われる。
上の図は土壌試料の採取位置を示す。3地点のうち②は深度方向に試料採取しているので、この検討には含めない。Sr-89の短い半減期を考慮して、震災後6ヶ月後までの試料を選び、3・11換算の放射能比の平均を求めた。
結果は次の表の通りである。
1619_Sr89-90_soil.jpg
3月11日換算のストロンチウム89/90比は12.80±0.45となり、3号機の12.98と良く一致する。汚染源は3号機であり2号機ではないと考えられる。

このように、2号機に関して様々な観点から検討したが、2号機から大量の放射能が大気に放出されたということは無かった、と考えられる。

以上
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