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詳細記載 (15):pk-4の正体はベント排気であること、およびキセノン135の検討

(pk-4は気体状放射能だけ)
前回述べたように線量率グラフのパターンから、pk-4には残留性が無く、気体状放射能だけから成ると推定された。一例として鉾田市荒地のグラフを掲げる。
1501_arachi_314-315.jpg
pk-4と後続のピークはpk-3の残留放射能による減衰曲線の上に載っていて、ピーク通過後は元の減衰曲線に戻っており、残留性は認められない。
この地点のガンマ線スペクトルを検討すると、pk-4の性格がより明確となる。次のグラフは、pk-4による線量上昇の直前(11:00)とピーク時(11:50)のスペクトルを合成したものである。
1502_arachi_3151150-1100cb.jpg
この図のように、両者の違いはXe-133(81keV)とXe-135(250keV)だけであり、その他のスペクトルに変化は見られない。従って、これはキセノンだけから成り、ヨウ素などを含まない特徴的な放射性気流であることが明確となった。

(理研和光の観測)
前回推定したようにpk-4は千葉市付近で進行方向を北西に変え、18時過ぎには埼玉県和光市に達した。
1503_map-kantou_pk4_rev.jpg
理研和光は高性能のゲルマニウム半導体検出器を野外に設置し、ガンマ線スペクトルを直接測定した。残念ながらpk-4主体部通過時には測定が行なわれていなかったが、後続の弱いピークについてスペクトルが測定された(Otsu et al., 2012)。
1504_riken_wako.jpg
このグラフにはヨウ素131と132のスペクトルの計数もプロットされているが、それらはフラットであり、キセノン133だけが線量率の変化に対応して上下している。
次がそのスペクトルで、その次が挿入図部分の拡大である。
1505_wako_spec_Xe_otsu_etal.jpg
1506_wako_spec_Xe_otsu_etal_upbmp.jpg
6:15が線量率上昇時、8:39が低下後である。キセノンのスペクトルだけが変化し、それ以外に変化は認められない。
なお、キセノン133(81keV)より低エネルギー部分のレベルが上昇しているのは、コンプトン散乱によるものとのことである。
注目されるのは、キセノン133以外にキセノン133mとキセノン135のスペクトルが検出されていることである。半減期の短いキセノン135(9.14時間)が検出されたことについては、後で考察する。

(pk-4はベント排気である)
このようにpk-4は、ヨウ素やテルル、セシウムなどを含まず、放射性物質としてはキセノンだけから成る気流である。この特徴的な気流の生成について、最初、pk-1、pk-2、pk-3からキセノンだけが分離したものかと思っていたが、このような完全な分離は考え難い。
ヨウ素は空気中で気体と固体(粒子状)の2相が並存する。移動中に気体状と粒子状放射能の分離が完全に行なわれたとしても、気体状のヨウ素とキセノンが分離することは無い。そのような分離は、非常用ガス処理系の高性能フィルターか、圧力抑制プールのスクラビング効果でしか起こりえない。そのような機会は3号機爆発、あるいは格納容器リークより前のベントしかありえない。
3号機のベントは2度成功している。詳細記載(10)で考察したように、1回目のベント排気は海上に流れた後、北に移動して仙台に達したと推定される。2回目のベント気流は、風向が一定せず、四方に分散した。従って、pk-4の可能性が高いのは1回目のベント排気であると考えられる。
次のグラフは仙台と女川での空間線量率の変化を示す。
1507_sendai_tohoku-univ-hosp_c2.jpg
1508_onahawa.jpg
仙台では13日18時(16時は誤記と思われる)、女川では14日11:30にピークが見られる。これらのピーク・パターンは、先行する1号機由来の放射能とは異なり残留性がないことを示しており、3号機の1回目ベント排気と考えられる。これの略号を「vt-1」とする。
女川に近い石巻の気象データによると、11時に南南西の風4.6m/s、12時は南西の風2.2m/sで、その後西寄りの風となった。女川を通過したvt-1は牡鹿半島から北東ないし東北東の海上に進んだと推定される。
3月14日の夕方から夜にかけて風向きが南寄りから北寄りに変わった。各地点で北風が吹き始めた時刻は次の通りである。石巻17時、仙台18時、相馬22時、小名浜20時、北茨城17時、日立23時、鹿嶋24時、銚子15日3時。
牡鹿半島の北東海上に流れたvt-1は、14日17時ごろ吹き始めた北寄りの風に乗って海上を南下し、15日12時ごろにpt-4として茨城県鉾田市付近に上陸したと考えられる。このように、pt-4の正体はvt-1だったということで矛盾は無い。その経路は次の図のようになる。
1509_map_u3v1-pk4.jpg
このように1日以上先に放出されたvt-1が、遠回りして後発より遅れて関東地方に到達した。

(放射性気流の特徴)
vt-1の気流は幅数十キロ程度で、あまり幅が広がらずに数百キロ流れたと考えられる。線量率も最大1μSv/h程度を保ち、大きく低下していない。
粒子状放射能を含む気流の場合、途中で放射能を地表ないし海上に付着させながら移動するから、濃度が減ってくる。vt-1のように遠距離でも状態を保つのはキセノン気流の特徴と思われる。なお、粒子状放射能でも、陸上の移動に比べると海上移動の方が減損は小さいであろう。
比較的狭い幅で流れるのは粒子状放射能を含む気流でも同じであり、同心円状に拡散するといったイメージからは程遠い。

(3号機大量放出Bにもキセノン135の存在)
上記のようにpk-4(vt-1)でキセノン135の存在が確認されているが、14日の大量放出Bからもキセノン135が確認された。キセノン135(250keV)はテルル132(228keV)のスペクトルと近いため、識別には注意を要する。
茨城県のガンマ線スペクトル・データについては、先にテルル132のピークを確認していたため、だいたいそのあたりに見られるピークは全てテルル132であると思い込んでいた。また、半減期が比較的短いキセノン135のスペクトルは3月15日のデータでは認識不可能なレベルだろうと高をくくっていた。
和光でキセノン135が検出されていることにやっと気付いたので、茨城県のデータを見直したところキセノン135を確認できた。今回冒頭のpk-4のスペクトルもその結果である。さらにキセノン135の確認例として次の二つの図を示す。
1510_arachi_3150150_pk1.jpg
1511_arachi_3150740_pk3.jpg
なお、pk-2についてはテルル132の影響が強く、キセノン135は識別できなかった。

(キセノン同位対比による3号機再臨界の検討)
キセノン135の半減期は9.14時間である。原子炉停止が3月11日15時とすると、15日2時前には半減期の9倍、同日9時過ぎには半減期の10倍の時間が経過しており、それぞれ2の9乗(512)分の1、2の10乗(1024)分の1にまで減衰している。そのため、この時期にキセノン135が検出されることはないと思っていた。
前述のように埼玉県和光市にある理化学研究所によりキセノン133mとキセノン135がキセノン133とともに検出された。検出日時は3月16日6:15、原子炉が停止した3月11日15:00から111.25時間も経過しており、いかに高感度でもキセノン135が検出されていることが不思議であった。再臨界でキセノン135が生成したのではないかという疑いが浮上した。
これまでに、詳細記載(8)で検討したように、第一原発周辺のスペクトル・データを解析した結果、1号機の再臨界によりキセノン135/133比が異常に高くなっていることが解かった。3号機由来のキセノン135/133比は1号機由来のものより低く、少なくとも1号機に比べると正常に近い。しかし、詳細記載(10)で明らかにしたように、キセノン135mのスペクトルが認められたことから3号機でも再臨界が起こったと考えられる。
3号機由来のキセノン同位体比に異常がないか確かめるため、理研和光が3月16日6:15に観測したスペクトルを検討した。その内容は次の通りである。
スペクトル・ピークのバックグラウンドからの高さを読み取り、各スペクトルの放出比から放射能比を計算した。これと比較する正常値として、各原子炉の核種の放射能量を計算したJAEA-Data-Code-2012-018の表の数字を参考にして推定した。キセノン135はヨウ素135から、キセノン133はヨウ素133から、それぞれ壊変して生成するため、核分裂が止まった後も、単純に減少するものではなく計算が難しい。参考にした表には、原子炉停止3日後と10日後などの計算値も掲載されており、それらを参考にした。
その結果は次の通り。

                     観測    放射能    計算
核種    カウント 放出比(%)  放射能比 (GBq)   放射能比
Xe-133  40000   38      1053    3.0E+9   1100
Xe-133m  180    10       18     5.0E+7     19
Xe-135    90    90        1     2.7E+6      1

このように観測値と計算値はほぼ一致した。従って、3号機の再臨界はキセノン核種の放射能比を大きく変化させるような規模ではなかったと考えられる。1号機の再臨界と比べると軽微であり、爆発規模の違いとは矛盾することが明確になった。

[訂正・追記]
(pk-4リターン)
上記のように、pk-4に関して、
「理研和光は高性能のゲルマニウム半導体検出器を野外に設置し、ガンマ線スペクトルを直接測定した。残念ながらpk-4主体部通過時には測定が行なわれていなかったが、後続の弱いピークについてスペクトルが測定された。」と書いた。
これは埼玉県和光市にある理研の3月16日早朝についての記述である。ガンマ線スペクトルが測定された時間帯の線量上昇について、pk-4の「後続」と表現したが、正しくはpk-4の吹き戻り(pk-4リターン)と解釈すべきである。
3月15日から16日に日付が変わる頃、関東地方の風向が南寄りから北寄りに変わった。東京では15日23時は南東の風1.4m/sだったのが、24時には北の風2.3m/sとなった。この風向きの変化により、15日夕刻に、千葉・東京付近から群馬県に移動したpk-4は、深夜から翌日早朝にかけて、ほぼ同じルートを東京方面に吹き戻ってきたのである。
これまで、放射能の移動経路について、できるだけ綿密に気象データと線量データをつき合わせて考えるようにしたつもりである。しかし、本件についてはデータを雑に見ていたようで、16日早朝に和光で測定された放射線量についてpk-4の「後続」と誤認してしまった。訂正させていただきたい。
3月15日から16日にかけての関東地方西部の線量率変化をグラフにしたのが次の図である。
1512a_kantou-W_315-16.jpg
横浜や茅ヶ崎ではpk-4の戻りの時だけ線量の上昇が観測されている。戻りのルートが行きよりも少し西にずれたためである。
次の地図にpk-4の戻りのルートを示す。
1513a_map-kantou_pk4rtn_rev.jpg
なお、16日の朝には、15日深夜から16日早朝に3号機から放出されたと見られる2波の放射性気流が関東地方東部を南下した。この線量ピーク、316-1と316-2、はpk-4リターンと時間的に近いので紛らわしいが、pk-4には残留性が無く、316-1と316-2には残留性があるので識別できる。
[訂正・追記終わり、2017/2/1]

以上
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