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詳細記載 (12):3号機原子炉建屋爆発の瞬間

(格納容器の蓋が見える件)
3号機原子炉建屋の北西崩落部下部状況の調査というのが2014/7/8に行なわれ、撮影されたビデオが2014/7/11に公表された。次の図のようにクレーンでカメラを吊るして、5階(オペレーティング・フロア;略称オペフロ)の床に開いた穴から中を撮影したものである。
1201_u3_140711_1.jpg
そのビデオに格納容器の黄色い蓋が写っているのを、ryu-ron氏のブログ「龍渓論壇」の2016/6/15付記事で知った。格納容器の蓋がある部分は、燃料交換の時に水を張るので厚い壁で囲まれており、通常は蓋が見えることはない。見えるはずのないものが見えることに目を疑った。
次の画面では右端に黄色い蓋の特徴的な曲線が認められる。その左側は遮られていて蓋は見えない。おそらく壁が残っていると思われる。
1202_140811_0505.jpg
次の写真は4号機の蓋が下ろされる場面である。3号機と同じ色・形・大きさだと思われ、比較のために示す。
1203_120810_05.jpg
次の画面は少し南に移動した位置から撮影されたもので、黄色い蓋が写っている。手前にはHVH3-12と読めるものがある。これはおそらく空調系の装置である。ボロボロに破壊されているが、原位置から動いてはいないように思われる。
1204_1520.jpg
次は今の画面より少し北に寄った位置から写されたもので、同じ文字が書かれた板状の残骸の向こうに黄色い蓋が見えている。
1205_2411.jpg
梁との位置関係などを検討した結果、撮影された位置と画面の範囲を次の図のように推定した。蓋の西側やや北寄の部分の壁が喪失したと考えられる。
1206_u3RBF4.jpg
次は縦の断面図で、4階の天井に近いレベルから撮影されたものである。
1207_u3RBsec.jpg
壁はどこへ消えてしまったのか。ビデオを何度見ても分からない。当初、可燃性ガスが換気ダクトを逆流したという先入観を持っていたので、建屋室内で爆発して、蓋の周りの壁は内側に崩れたのではないかと考えていた。しかし、その証拠となるような映像は確認できなかった。
しばらくの間、この理解不能な映像は見なかったことにして、1号機の方の考察を進めた。しかし、とうとう3号機の爆発まで記載が進んできてしまったので、改めて黄色い蓋問題と向き合うことになった。

(破壊された建屋の映像を考察する)
3号機の建屋が破壊された映像は余りにもショッキングで目を背けたくなり、冷静に観察することができなかった。事故から5年を経過して、やっと少し理性的に映像を見ることができるようになったように思う。
何が起こったかを知るために、当時の映像に向き合うことにした。爆発がどのように起こったのか、どのように建屋が破壊されたかを知るために、できるだけ詳しく公表された映像を観察し考察することにした。
次の映像は3月15日、4号機の爆発後に撮影されたものである。3号機の北北西から撮影されたもので、北壁の状況がよく分かる画像である。5階の壁は全部無くなっている。北面の4階部分は左側(東側)の壁は残っており、右側(西側)の部分から大量のガレキが外に流れ出しているように見える。まるで内臓が飛び出たようである。
1208_315_01_003.jpg
次は3月24日に無人機で西側から空撮された映像で、西面の状況を観察することができる。4階は南端の壁だけが残っており、柱は一部が喪失している。5階の柱が下に垂れ下がっている。
1209_20110324_p4.jpg
次の画像も西面の様子をよく捕らえている。3月18日に3号機の北西から撮影されたもので、画質が良いので鉄筋一本一本とその影まで見える。5階の柱には天井クレーンのレールを載せるための特徴的な出っ張りがあるが、それらの柱が鉄筋でかろうじて逆さまに吊り下げられている。4階部分の柱は、そのために外側が毟られたようになっている。4階の柱のうち右から5番目のものは失われている。北西隅の柱は消失しており、画面に写っていない。
5階の床レベルの中央には天井クレーンガーダの西端部分が見えており、その上を屋根トラスの残骸が覆っている。
1210_318_11_001.jpg
次は3月20日に無人機が南側から空撮した映像で、南面の状況が捉えられている。5階部分の壁と柱は全部失われている。4階部分は壁の表面がかなり剥がれているものの全て残存している。
1211_20110320_p0.jpg
次は東側から空撮された画像である。3月24日に撮影されたもので、東面の状態がわかる。東面5階は、柱だけは残っており、壁は消失しているものの屋上の梁も北側の部分は残っている。
5階(オペフロ)の高さは他の階の倍になっている。西面の柱について述べたように、天井クレーンを載せるための出っ張りが柱の中間レベルにあり、同じレベルに柱と柱を繋ぐ梁がある。この梁は、東面については全て残存している。柱と梁だけになった映像を見ると、あたかも2階分あるように見える。
この柱と梁で囲まれた四角形の区画の中で、右から3番目、上から2番目のものがブローアウト・パネルだったと思われる。その下の4階部分の壁の塗装も残っている。ブローアウト・パネルとは、建屋内で爆発が起こったとき、建屋全体の破壊を防ぐため、わざと外れやすくした壁のことである。そのためオペフロの東面だけは柱と梁が残り、いびつな残骸の姿が形成された。
この爆発の規模では、ブローアウト・パネルによる効果は東面の柱と梁の一部を残すのが精一杯だったと言える。つまりは想定外だったということなのだろう。
1212_20110324_tm.jpg
次は同じく3月24日にほぼ真上から空撮された映像である。東面5階の柱のうち中央のものが内側に曲がっているのが分かる。北面から流れ出たガレキが隣の廃棄物処理建屋の屋根の上に載っている。
1213_20110324_p3.jpg
4階の壁と柱の欠落状況を整理すると次の図のようになる。北西部の損傷が激しく、格納容器の蓋の周りにある壁の喪失と関係があると考えられる。蓋の外側の空間で爆発が起こり、北西側に爆風が飛び出したように思われる。
1214_u3_F4_d.jpg
格納容器の蓋とシールドプラグの間にある空間を「原子炉ウェル」と言うそうである。シールドプラグとはオペレーティング・フロアの床面にはめ込まれているコンクリート製の板のことである。
格納容器の蓋から原子炉ウェルに漏れ出したガスが爆発して北西側の壁を突き破ったと考えて間違いないように思われる。

(13日夜からの格納容器圧力低下の原因について)
3回目のベントとその後の圧力低下の原因、可燃性ガスが4号機に流入したタイミングなどについて、前回の初稿と追記で見解が分かれてしまったが、今回の観察を踏まえると、明らかに後者の見方が正しいと思われる。つまり、格納容器からリークが起こり、爆発の時に一部が4号機側に移動したと考えられる。
次のグラフは圧力容器の圧力変化を示す図で、何度か同じものを掲載してきたが、今回の解釈としては、13日20:30ごろに圧力容器の蓋からのリークが始まったと考えられる。
1215_pcv_P_313-15_rev.jpg
また、ドライウェルと圧力抑制室の圧力差のグラフの解釈として、3回目のベントはドライウェル・ベントだったのではないかと疑ったが、そうではなく、ベントは失敗し、ドライウェルからのリークが始まったと考えられる。
1216_pcv_P_DW-SC_rev.jpg

(3号機建屋爆発の瞬間)
これまでの考察を踏まえたうえで、あらためて爆発の瞬間に何が起こったのか考えてみたい。次の映像は爆発直前から爆発の約1秒後までの3枚の画像を並べたもので、一番下は解釈である。
1217_u3_expl_moment.jpg
この映像は第一原発の南西から撮影されており、原子炉建屋の南面と西面が見える。南面は日に照らされて明るいが、西面は影になっていて見えにくい。手前に山があるため建屋の上部、だいたい5階の部分だけが見えている。
爆発の瞬間、建屋屋上南東隅付近でオレンジ色の光が見える。この位置から屋根の破壊が始まったと思われる。その直後、建屋中央から真上に黒っぽい煙が立ち昇った。これは壁よりも屋根の方が弱いからだと思われる。
また、同じ3枚目の画像には、真上に立ち昇る煙より少し色の薄い煙が左手に飛び出し、隣の2号機の壁の前まで達しているのが写っている。これが4階北西部の爆風だと見られる。建屋最上部の爆発と4階の爆発は同時に起こったと思われる。
次のグラフは爆発時の地震計の記録である。観測点Cという1号機に近い地点の上下方向の加速度であり、爆発は1回だったことが明らかである。当時、爆発音は2回という発表があったが、おそらく反射音が聞こえたのだろう。
1218_u3_exp_seis-C-ud.jpg
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(シールドプラグの謎)
注入した海水に石油類が含まれており、格納容器の蓋から原子炉ウェルの部分にガスが漏れ出して爆発した、というのがだいたいの推定である。図にすると次のような感じである。
1220_u3_rb_4-5_a.jpg
これだとシールドプラグが吹き飛ばされるはずである。ところがシールドプラグは、少し変形はしているが、元の位置に残っていたのである。
次の映像はオペフロのガレキが取り除かれた後の2014/1/30に真上から撮影されたもので、シールドプラグは所定の位置に収まっている。
1221_20140130_140214_06_sealedplug.jpg
ということは、シールドプラグの上下で同時に爆発が起こったということなのか?そういうことが起こり得るのか、よく分からない。謎である。
1222_u3_rb_4-5_b.jpg

(CUW F/Dハッチの謎)
爆発の影響に関して注目されるのは、使用済み燃料プールと南側の壁の間にあるCUW F/Dハッチと呼ばれるコンクリート製のブロックが、プールの中に落ちていることである。このハッチは床に開いた正方形の穴にはめ込まれているもので、水中での重さが2.6トンもある。これが抜けてプールに落ちたということは、浮き上がって建屋中心側へ向かって跳んだことになる。これは、爆発によって急激な膨張が起こり、爆心部分が真空に近い状態となったためと考えられる。
1223_151001_meti_cuw-fd-hatch.jpg
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(爆発の現場検証がされないままガレキの撤去が行なわれた件)
航空機事故の場合、航空機事故調査委員会が機体の残骸・部品の散乱状況や破損状態を詳しく調べ、事故原因を究明する。ジャンボ機事故の時、散乱した圧力隔壁を集め、組み立て直して調べたのは有名な例である。自動車事故では必ず警察が現場検証する。火災や爆発事故の場合は消防が現場検証を行なう。
ところが福島事故の場合、そのような現場検証は殆ど行なわれていない。特に3号機については爆発の規模が大きく線量も高いからか、事故調査がされないままガレキの撤去作業が進められてしまった。というか、原発の事故調査を行なう正式の機関が無いのである。
この回の最後に一つだけ例を挙げておきたい。次の写真は3号機爆発から12日後の3月26日に北側から撮影されたものである。左側に今にも外に落ちそうになっている物体があるのが気になっていた。
1225_326_120911_416_0326-u3.jpg
オペフロ北東隅の床レベルから外に突き出している。屋根トラスのような単純な形ではないので、何らかの装置の一部と思われる。おそらく天井クレーンガーダのレールの上に乗るトロリかと思ってかなり色々な画像を検討したのだが、いまだによく分からない。
この物体はおそらく早々に撤去されたであろう。
このように、爆発によって何がどこに飛散したのかということの多くは闇に葬られたように思われる。

以上
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