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詳細記載 (11):3号機ベントの続編および爆発したガスについて

(3号機で3回目のベント操作)
2回目のベントにより低下した圧力抑制室の圧力は、3月13日14:30に0.18MPa(abs)まで下がった後、上昇に転じ、16:45には0.36MPa(abs)に達した。弁を開けるための空気ボンベの圧力が空気漏れで低下したためである。ボンベを付け替えようとしたが、原子炉建屋内の線量が上がっており、立ち入ることができなくなっていた。この線量上昇は、1号機と同じようにベント排気の一部が非常用ガス処理系とダクトを通って原子炉建屋内に逆流したためであると考えられる。
原子炉建屋に立ち入ることができないので、可搬式コンプレッサーをタービン建屋で計装用圧縮空気系(IA系)配管に接続し、空気を注入して弁を開ける作戦に切り替えた。
19:00頃にコンプレッサーを起動したが、すぐに減圧することはなく、20:30まで0.375MPa(abs)を保ったプラトー状態が続いた。その後圧力が下がり始め、14日0:00には0.255MPa(abs)まで低下した。コンプレッサーの容量が小さかったのでIA系全体を加圧するのに時間がかかったためであると考えられている。いちおう3回目のベントは成功したようである。
1101_pcv_P_313-15.jpg
(17時ごろからの3号機のリーク)
ベント操作の2時間ほど前の17時ごろから、周辺のモニタリング・ポストの線量が上昇した。上昇が始まったのは原発の西に位置する山田局が最も早く、17:05である。次いで夫沢、南台、向畑、大野と続く。
1102_kinrin4st_313-14.jpg
この時に放出された放射能は、下の図のように、最初は西に、その後南西に流された。
1103_map_u3-leak.jpg
山田では17:23に10824nGy/hに達し、この5局の中で最も高い線量率を記録した。夫沢では17:59に1870.7nGy/hのピークに達した後、19:47に618.3nGy/hまで低下したが、その後も23時ごろまで上下を繰り返した。
この放射能は、キセノン135/133ピーク比が小さいことから、3号機由来のものであると考えられる。
1104_Xe135-133_ratio.jpg
2回目のベントに使用した空気ボンベには多少の空気圧が残っていたため、圧力抑制室の圧力が上昇すると弁が少し開いて、ベントラインからリークしたものと思われる。
この時に放出された放射能はキセノン(133と135)だけであり、ヨウ素ほかの残留性放射能を含まない。2回目のベント排気と同様であり、圧力抑制室はスクラビング効果が発揮できる状態を保っていたと考えられる。

(3回目のベントと圧力逆転)
3回目のベントによると考えられる減圧は、13日20:30から24:00まで続いた。1回目、2回目と比べると減圧のスピードが遅い。この時間帯には西風が吹いており、排気は海側に流されたと考えられる。そのため、排気の影響がモニタリング・ポストに記録されることは無かった。
この時間帯に起こった気になる現象がある。それはドライウェル(D/W)と圧力抑制室(S/C)の圧力が逆転したことである。
圧力抑制室は、その名が表すようにプールの水で蒸気を水に凝縮して減圧するので、ドライウェルより圧力が低くなる。また、ベントでは圧力抑制室から蒸気を外に放出したはずであるから、圧力抑制室の圧力の方が低くなるのは当然のことである。ところが、両者の圧力が逆転したのである。
次のグラフはドライウェル(D/W)と圧力抑制室(S/C)の圧力差の変化を表わす。20:30までは、圧力差は50kPaでほぼ一定である(2回目のベント直後を除いて)。この圧力差が正常な状態と思われる。ところが、その後、圧力低下とともに両者の圧力差も小さくなり、21:40にはゼロ、さらには逆転してマイナスとなった。14日0:50にはD/Wの方が20kPaも低くなったのである。この圧力逆転は、全体の圧力上昇に伴い、14日2:30にゼロに戻り、その後20kPa前後まで回復する。
1105_pcv_P_DW-SC.jpg
圧力逆転が3回目のベントによって起こったと考えてよいであろう。
この圧力逆転は、「ドライウェル・ベント」を行ったとすれば説明できる。D/W側から蒸気を外気に放出すれば、当然D/Wの圧力の方が低くなる。しかし、3号機で「ドライウェル・ベント」を行なったという記録は無い。
この時のベント操作は、前述のように原子炉建屋内の線量が上昇したことから、同建屋外から全体のIA系にコンプレッサーで空気圧を加えるという作戦を採らざるを得なかった。では、IA系全体の弁が開くかというと、そうではない。ベント弁を開けるために圧縮空気を注入するパイプ・ラインには弁があり、電磁的に開閉される。ベント弁の操作は、このように二重になっている。
従って、IA系全体を加圧しても「ドライウェル・ベント」の弁が開くことは無いはずである。故意かミスか欠陥かは分からないが、結果的に「ドライウェル・ベント」が行われたのではないかと疑わざるを得ない。

(14日7時~11時にリークの可能性)
3回目のベントで14日0:00に0.255MPa(abs)まで低下した圧力抑制室の圧力は、その後上昇に転じ、7:00には0.50MPa(abs)に達した。その間、ベント弁の開操作が試みられたが、圧力上昇が止まることは無かった。このベント操作は失敗したと思われる。
7:00に上昇が止まり、若干低下した後わずかに上昇して10:55には再び0.50MPa(abs)となった。圧力上昇が止まった原因として、ベントラインからのリークが考えられる。上述のように13日17時ごろからの放出がリークと推定されたが、それと同様のリークが起こった可能性がある。
この時期、9:50ごろから西風になるまでは時折南風が吹いて、原発の北に位置する郡山局では線量の増減が記録された。7:25から線量率が上昇し、7:48にピークの74473nGy/hを記録、8:19には10666nGy/hまで低下した。その後、8:32から線量率が上昇し始め、9:09の142400nGy/hと9:35の133050nGy/hのダブルピークを記録した後、風向きの変化に伴って線量率が低下し、9:56に11350nGy/hまで下がり減衰モードになった。
3号機格納容器の圧力変化とモニタリング・ポストの線量率変化を同じ時間軸で表わした複合グラフを次に示す。
1106_pcv_P_313-15-mp.jpg
このグラフが示すように、郡山局の線量上昇と格納容器圧力の高止まりが、ほぼシンクロしているように見える。このタイミングの一致以外に、この時期の郡山局の線量上昇が1号機ではなく3号機由来の放射能であるという証拠は無い。
線量率の変化曲線からは、残留放射能であるヨウ素による減衰パターンが認められる。ガンマ線スペクトルでもキセノン以外にヨウ素も飛来したことが明らかである。これは、この時期の1号機の特徴と同じである。また、線量が高いため、キセノン135のピークを認識することができず、135/133ピーク比による識別ができない。
このように、この線量上昇がどちらの原子炉の影響によるものか判定できない。もし、3号機であれば、それまでのものは残留性が無かったので、圧力抑制室の状態が悪化したことになる。ただしテルルは確認されないので、1号機のベント排気ほど状態は悪くないと言える。この線量上昇が仮に3号機によるものだとしても、原子炉建屋爆発までの状況を比較すると、炉の状態は1号機の方がずっと悪かったと考えられ、水素発生量も1号機の方が多かったと思われる。これは爆発の規模と矛盾する。

(各線量ピーク識別のまとめ)
前回と今回、3号機起源の線量上昇を1号機のものから識別する検討を行なってきた。それをまとめたものが次のグラフである。3月12日4:00から15日6:00までの原発近隣3局の線量率変化を示す。この3局は1号機ベント排気の直接的影響を受けていない。3号機ベント実施以後のピークには、1号機には①、3号機のものは③のラベルを付した。
1107_kinrin3st_312-15.jpg

(爆発を起こしたガスについて)
これまでの考察のように、3号機は1号機ほどには炉の状態が悪化していなかったと考えられる。通説となっている水素爆発では3号機の大規模な建屋爆発は説明できないと思われる。
国会事故調は爆発時のオレンジ色の炎に注目し、水素ではなくコア・コンクリート反応(CCI)により発生した一酸化炭素爆発の可能性を指摘している(国会事故調本編p.167-168)。しかし、放出された放射能を見る限り、1号機に比べると炉の状態はずっとマシだったと考えられ、コア・コンクリート反応が起こっていたとは思われない。
爆発したガスは、1号機について考察したのと同様に、非常用ガス処理系を逆流して原子炉建屋内に流入したとともに、ベントラインを逆流して隣の原子炉建屋内に入ったと考えられる。かなりの勢いでないと、建屋を破壊するほどの爆発を起こす量のガスが4号機に移動することはないであろう。
次のグラフは、1回目のベント以降の3号機格納容器の圧力変化率を示す。1分あたりの圧力変化の推移を表わしたものである。
1108_pcv_P_change-rate.jpg
このように、1回目と2回目のベント時の減圧スピードが大きく、これらに比べると3回目のベントは緩やかだったことが分かる。なお、2回目のベント実施前後の圧力データがまばらであり、絶対値の瞬間最大はもっと大きかったと思われる。
このことから、爆発性のガスは、1回目と2回目のベント時に3・4号機の原子炉建屋に流入したと推定される。前回検討したように、この時期のベント排気には残留性が無く、再臨界が起こってはいたが、1号機のベントに比べると、ずっとマシな状態だった。
1回目と2回目のベント時に大量の水素や一酸化炭素が発生したとは考えられない。しかし、もし、注水された水に石油類が含まれていたとしたら、大量の可燃性ガスの発生が説明できる。
構内にはかなりの数の重油と軽油のタンクがあり、それらの間にパイプラインが敷設されている。これらが地震・津波で壊れ、重油などが流出した可能性がある。実際、津波により重油タンクが流失している。また、津波で流された車両の燃料が流出した可能性も考えられる。
海に油が流出したことは、衛星写真に油膜が写っていることなどからも明らかである。これについては別に「津波編」として詳述する予定である。これまで、注入した海水に含まれた油分が爆発の原因ではないかと強く疑っていたが、問題のベントの時期に注入されたのは防火水槽の淡水であり、海水が注入されたのは2回目のベントの後なので、この疑念はリセットしなければならない。
これまでの推論から、爆発したガスの原因は海水に流出した重油ではなく、防火水槽に混入した重油などの石油類の可能性が高いと考える。

[追記]
(D/WとS/Cの圧力逆転を再考する)
13日22時ごろから14日2時ごろにかけて起こったドライウェル(D/W)と圧力抑制室(S/C)の圧力逆転について、上記の考察では「ドライウェル・ベント」が行われた結果ではないかと疑った。これは、この時に3回目のベント操作が行われていたので、ベントに答えを求めたものである。
しかし、ベントは成功せず、ドライウェルからリークが起こったとしても圧力逆転は説明できる。その可能性も否定できないことに、後になって気付いた。
また、D/WとS/Cの圧力差は元々50kPaだったのに、圧力逆転が解消された後でも20kPaまでしか戻らなかった。これも、リークは弱まったものの続いていたとすれば説明できる。
(4号機へガスが移動したタイミングについての別の考え方)
ベントによって可燃性ガスが3号機から4号機へ移動するタイミングは、3号機の1回目と2回目のベントの時しかないと考えていたが、上記のようにドライウェルから原子炉建屋内にリークしていたしていたとすると、別の可能性も考えられる。それは、3号機原子炉建屋が爆発した時である。
リークした蒸気の中に可燃性ガスが含まれていたとすると、原子炉建屋内にガスが充満して爆発したことが考えられる。3号機と4号機で共用している排気筒の根元の部分で両機の非常用ガス処理系のパイプが繋がっている。爆風の中に燃え残りの可燃性ガスが混じっていたとすれば、これを通って4号機側へ流れ込んだと思われる。
また、通常の換気系パイプも同じように両機のものが排気筒の下で繋がっており、移動の経路となった可能性がある。3号機の通常換気系の弁は閉まっていたが、爆発の圧力で弁が壊されたとすれば、この経路も考えられる。なお、4号機は定期点検中であり、換気系の弁は開いたままだったのではないかと思われる。
事故後に撮影された写真を見ると、3号機換気系の大きなパイプが壊されて地上に転がっている。爆発による落下物で壊されたのか、中を通る爆風で壊れたのか分からないが、こちらのパイプが移動通路となったとすると、パイプの口径が大きいので、かなりの量の可燃性ガスが4号機側へ瞬間的に移動したと思われる。
3号機建屋爆発時に4号機側へガスが移動したとすれば、当然排気筒からもガスを含む爆風が抜けたはずである。あらためて爆発時の映像を詳しく検討したところ、爆発の15秒後に排気筒の先から煙が出はじめるのが確認できた。次の映像は爆発から17秒後のもので、本体の煙より少し色の薄い煙が、排気筒の先端から海側に流れ出ているのが分かる。
1109_u3_exp17.jpg
また、次の映像は爆発の3分後に撮影された衛星画像(DigitalGlobe)である。爆発による噴煙が2筋認められ、一つは4号機から出ているように見える。4号機建屋内に流入した爆風がブローアウトパネルを吹き飛ばし、噴煙が外へ出たと思われる。
1110_314-1104_dg_c.jpg
ということは、4号機の爆発はブローアウトパネルが開いた状態で起こったことになる。ダクトに残っていた可燃性ガスが爆発したと思われる。
このように見方を変えると、3号機の建屋爆発時に瞬間的に大量の可燃性ガスが4号機側に流入した可能性が考えられる。
1・2回目のベント時に4号機側に可燃性ガスが流入したとすると、海水注入の前であるから、注入された海水に石油類が混入していたという可能性は排除される。しかし、それより後に原子炉建屋内に漏れ出したものが4号機側に移動したとすれば、注入された海水に石油類が混入していた可能性を検討しなくてはならない。
このように、3・4号機の爆発に関して2つの説が考えられる。一つは「淡水石油混入ベント移動説」であり、もう一つは「海水石油混入爆風移動説」である。前者はこの回の初稿で提案した説であり、後者は今追加した説である。どちらが正しいか断定できないが、後者の方が有力であるように思われる。
3号機建屋爆発については次回に改めて詳しく検討する予定である。
[追記終わり 2016/10/28]

[更なる追記]
(3号機建屋の爆発)
3月14日の3号機建屋の爆発は、水素爆発ということになっているが、何らかの有機物であると考えている。その理由は、水素にしては爆発の威力が大きすぎること、オレンジ色の閃光が見えたこと、中層階まで爆発していること、建屋を爆破するような量が4号機まで流れ込んでいること、数日後に黒煙が立ち昇ったこと、および汚染地帯で「黒い物質」が認められていることである。
3号機の爆発は1号機の爆発と比べると別種のものに見える。軽い水素であれば最上階天井部分に集まるはずで、中層部で強い爆発が起こることは考えにくい。同じ理由で水素であれば大部分は排気筒を上昇し、4号機側に大量に移動することはないと思われる。このような考えから、爆発したのは空気に近い重さの有機ガス、おそらくメタンだろうと思うが証拠は無い。
注入した海水に何らかの有機物が混入していた疑いがある。3号機に注入された海水は、3号機の逆洗弁ピットに溜まっていた海水である。逆洗弁ピットは放水路と繋がっているため、津波が引く際、風呂の栓を抜いたのと同じようにして、周囲に浮かんでいた車両などを吸い込んだと考えられる。4号機のピットは、ちょうど点検中で付近に工事車両が駐車していたため、ピットに入り込んだ車が目立つ。ピットの存在を知らない人が横から見ると、津波にはね上げられて、地面に突き刺さったように誤解するであろう。3号機のピット内には少なくとも1台の車両が入っており、1台はピットの縁に乗り上げているのが、空中写真で捉えられている。現場では夜間にも取水作業が行なわれており、油分が混入していても分からないと思われる。
なお、3号機の逆洗弁ピットにだけ海水が溜まっていた。排水設備があるはずで、通常は水が溜まらないようになっている筈である。何かが詰まっていたのだろうが、詳細は不明である。
とにかく、爆発した物質については未だに謎として残されている。
爆発した物質の起源については、可能性は低いとは思われるが、MOX燃料などに含まれる不純物についても検討されるべきである。3号機は第一原発では唯一、燃料の一部ではあるがMOXが装荷されていた。その3号機が不可解な建屋爆発を起こしたのであるから、MOX燃料に関する充分な検討を事故調査委員会と規制当局が行わない間は、他の原発のMOX燃料使用についても、疑念と不安を含んだままの操業開始となるだろう。

(コンクリートの骨材と一酸化炭素発生の可能性)
3号機原子炉建屋爆発について、国会事故調報告書ではコア・コンクリート反応による一酸化炭素(CO)発生の可能性を指摘している。また、九大名誉教授の岡本氏ほかが岩波科学に寄稿した論文(2014-03, 科学, 84, 355-362)では、石灰岩の骨材によるCO発生が論じられている。石灰岩は主に石灰石(CaCO3)でできている。
私はコンクリートの骨材には、川砂利とか建設用の普通の石材を用いると思っていた。普通の骨材には炭素はほとんど含まれないからCOが発生することは無い。東電は、第一原発の防波堤を築堤する際、原発の西南約18kmの滝川付近に、骨材用の原石山を自社開発した(佐伯、土木技術、22, 10, 89-98)。当時、必要な量の石材を既存の供給元から調達するのが困難だったため、自社開発したとのことである。
その岩質は花崗閃緑岩と輝緑岩であり、炭酸塩は含まれない。この岩石は防波堤のブロックやテトラポットの骨材に用いられたが、原発本体に使われたかどうかはっきりしない。しかし、おそらく同じ骨材が原発本体にも使われたのではないかと思われる。
ところが、コンクリートのアルカリ骨材反応というものがあり、ナトリウムやカリウムを含む骨材だと膨潤して劣化するが、これを避けるためには、石灰岩を使うのが良いということが知られるようになった。これは原発建設当時としては比較的新しい知識だったようである。私は、石灰岩はセメントの原料なので高価だから、わざわざ骨材にするものではないと思っていたが、違っていた。
もし1号機の骨材は花崗閃緑岩、3号機は石灰岩、ということであれば、爆発の違いが説明できるであろう。これが最も有力な説かも知れない。骨材が何であるかは調べれば分かることだが、関係当事者は未だに何もしていないようである。
[更なる追記終わり 2018/10/30]

以上
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